秋の気配が近づくと、さつまいもを使った料理がいっそう恋しくなります。焼き芋や大学芋、スイートポテトなど、どれも素朴な甘さが広がり、つい手が伸びてしまうものばかりです。季節限定のスイーツやドリンクが登場すると、毎年のように楽しみにしている方もいるのではないでしょうか。
そんな身近なさつまいもですが、「もともとどんな土地で育った野菜なのか」「どのように日本へ伝わってきたのか」と考えてみると、案外知らないことが多いものです。普段あたり前に食卓に並ぶ食材にも、長い歴史や旅のような背景が隠れていると気づくと、少しゆっくりとその物語をたどりたくなります。
この記事では、さつまいもにまつわる素朴な疑問を丁寧に追いかけています。
・さつまいもはどこで生まれたのか
・どのような道のりで日本にやってきたのか
・なぜ「さつまいも」と呼ばれるようになったのか
子どもの頃に学んだ歴史の記憶と重ねながら、無理なく読める流れでまとめています。読み終える頃には、いつものさつまいもが少し違った存在に見えてくるかもしれません。最後までゆっくり楽しんでいただければ嬉しいです。
さつまいもの歴史 ~誕生から世界へ広まるまで~

さつまいもの物語をたどると、はじまりは紀元前800〜1000年頃の熱帯アメリカにあるといわれています。現在のメキシコから南米ペルー周辺にあたる地域で、人々の暮らしとともに育ってきた植物だったようです。その裏づけとして、ペルー北部で栄えたモチーカ文化(紀元前200〜600年頃)の遺跡から、さつまいもを模した土器が見つかっており、昔から大切にされていたことがうかがえます。時が進み、15世紀の後半には探検家コロンブスがさつまいもをヨーロッパへ持ち帰りました。けれども、ヨーロッパは気温が低く育ちにくい土地が多かったため、広く根づくまでには至らなかったようです。その一方で、植民地支配の進んでいた温暖な地域へと伝わっていき、インドやアフリカ、東南アジアなど、栽培に向いた土地で少しずつ広まっていきました。
こうして、さつまいもは遠い南米から世界各地へ旅をしながら、人々の暮らしに溶け込んでいったと考えられています。長い時間をかけて少しずつ広がっていった道のりを知ると、普段食べているさつまいもがまた違った歴史を帯びて見えてきます。
さつまいもが日本にやって来た

さつまいもが日本へ渡った道のりをたどると、1600年頃に中国・福建省から琉球へ伝わったという記録がよく知られています。当時の琉球は周辺諸国との交流が盛んで、さまざまな植物が行き交う場所でもありました。さつまいもも、その流れの中で持ち込まれたのではないかと推測されています。
そして1705年、前田利右エ門という船乗りによって薩摩へ運ばれたという話が伝わっています。薩摩は温暖な気候で作物がよく育つ土地柄だったため、さつまいもが広がるきっかけになったと考えられています。ただし、この経緯には諸説あり、当時の詳しい事情はすべてが明らかとはいえません。南の島から本州へと渡ってきたさつまいもは、その後の暮らしの中で少しずつ根づき、日本各地へ広がっていきました。背景を知ると、身近な食材にもゆっくりとした旅の歴史があることに気づかされます。
大ピンチ!「享保の大飢饉」を救ったさつまいも
1732年、日本では冷たい夏と害虫の発生が重なり、米がほとんど育たない深刻な凶作に見舞われました。食べるものが足りず、多くの人が命を落としたと言われる「享保の大飢饉」です。当時の記録をたどると、全国に大きな影響が広がった様子が伝わってきます。その一方で、西日本の一部では、さつまいもの栽培がすでに生活に根づき始めていました。気候の変化に比較的強く、育つまでの期間も短いことから、飢えをしのぐ手段として役立ったとされています。わからない点も残っていますが、さつまいもが多くの人を支えたという話は広く語り継がれています。
厳しい時代に、人々の暮らしをそっと支える存在となったさつまいも。背景を知ると、日常の食卓に並ぶ姿にも、どこか深い意味が感じられてきます。
日本でさつまいもを普及させた人物「青木昆陽」
青木昆陽は、京都で儒学を学んでいた人物として知られています。さつまいもが飢えをしのぐ助けになると知ったことをきっかけに、江戸幕府へ栽培を進めるよう働きかけました。その提案が8代将軍・徳川吉宗に認められ、現在の千葉市花見区にあたる場所で試作が始まったといわれています。これがのちに、全国へさつまいもが広まっていく大きな流れにつながりました。
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昆陽の取り組みは高く評価され、後の時代には「甘藷先生」と呼ばれるようになります。目黒区・瀧泉寺にある墓には「甘藷先生墓」と刻まれており、当時の功績を今に伝えています。また、最初の試作地とされる千葉市花見区には昆陽神社が建てられ、芋神様として祀られているといわれています。どの程度の詳細が史実として確実かはわからない部分もありますが、さつまいもが多くの人を救う作物へ育っていった背景に、昆陽の存在が大きく関わっていたことは確かです。
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さつまいもの名前の由来

さつまいもには、時代や土地ごとにさまざまな呼び名があります。暮らしのなかで親しまれていくうちに、その姿や伝わった経緯を反映した言葉が生まれていったようです。ここからは、そうした呼び名がどのように付けられていったのか、その背景を合わせてたどっていきます。
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薩摩芋(さつまいも)
さつまいもを漢字で表すと「薩摩芋」と書かれます。この呼び名は、中国から琉球へ、そして薩摩へと伝わってきた道のりに由来するとされています。どの経緯が確実なのかはわからない部分もありますが、薩摩を経由して広まったことは広く語り継がれており、その土地の名前がそのまま呼び名となったようです。
唐芋(からいも・とういも)
九州の一部では、今でもさつまいもを「からいも」や「とういも(といも)」と呼ぶことがあります。昔、この作物が中国方面から伝わってきたと考えられていたため、「唐からやって来た芋」という意味をこめて呼ばれるようになったとされています。時代の流れとともに名前が少しずつ変わってきた様子が感じられ、土地ごとの呼び方に温かみが残っています。
琉球芋(りゅうきゅういも)
今ではほとんど耳にする機会がない呼び名ですが、かつては「琉球から伝わった芋」という意味を込めて、一部の地域で「琉球芋」と呼ばれていた時期がありました。琉球を経由して薩摩へと広がっていった歴史の名残が、この呼び名にそっと残っているように感じられます。
甘藷(かんしょ)
「甘藷」は、もともと中国でさつまいもを指す言葉といわれています。日常ではあまり使うことのない呼び名ですが、文献や正式な表記として登場することがあり、別名として静かに受け継がれてきました。少し堅い印象の言葉ではありますが、さつまいもを表すひとつの古い呼び方として残っています。
八里半(はちりはん)・十三里(じゅうさんり)
江戸時代の町では、焼き芋屋が人気を集めていました。当時、焼き芋は「八里半」という名で売られていたそうです。秋の味覚として親しまれていた栗と比べて、「栗には少し届かないけれど、十分おいしい」という気持ちを込めた洒落が由来といわれています。洒落を楽しむ文化が色濃かった江戸らしさが感じられる呼び名です。
その後、ある焼き芋屋が「栗より(九里四里)うまい」という言葉を掲げて売り出したところ評判となり、「十三里」という呼び名が広まりました。さらに、江戸から十三里ほどの距離にある川越がさつまいもの名産地だったことも、この名の定着につながったと考えられています。どちらが本当なのかはわからない部分もありますが、両方の説に当時の暮らしぶりがにじんでいて興味深いところです。
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十三里にちなみ、1987年には「川越いも友の会」が10月13日を「さつまいもの日」と定めました。古い呼び名が、今も季節の行事として残っているのは面白いものですね。
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国内のさつまいも生産量ランキングBEST3
第1位 鹿児島県

さつまいもの生産量で全国のトップに立っているのが鹿児島県です。広い県土のうち、およそ6割を占める「シラス台地」と呼ばれる地形が、栽培に向いた条件をそっと備えています。
鹿児島には、
- 一年を通して温かい気候が続くこと
- 水はけのよい土が広がっていること
- 土に含まれるミネラルが豊富であること
といった特徴があります。
こうした環境がさつまいもの生育と相性がよく、昔から栽培が盛んに行われてきました。火山の恵みを受けた土地が、今日の生産量を支えていると考えると、自然の力が身近に感じられます。
第2位 茨城県

茨城県は、さつまいもの栽培面積も生産量も全国で2位に位置しています。県内の広い範囲は「関東ローム層」と呼ばれる、砂と粘土がほどよく混ざった土壌に覆われており、この土地ならではの性質が栽培のしやすさにつながっています。
関東ローム層は、
- 水を含む力がある
- 余分な水を逃すことができる
- 空気を取り込みやすい
という特徴を持ち、さつまいもの根が伸びやすい環境をつくり出してくれます。
茨城では、甘みの濃い「紅はるか」、ほくほくした「紅あずま」、しっとり仕上がる「紅まさり」など多くの品種が育てられてきました。2017年には、行方市産のさつまいもが農林水産省の「天皇杯」を受賞しており、全国的にも品質の高さが評価されています。
第3位 千葉県

落花生のイメージが強い千葉県ですが、県の中部から北部にかけては関東ローム層が広がり、さつまいもの名産地としてもよく知られています。青木昆陽が試作を行った土地としても語られており、歴史の中でも重要な役割を担ってきました。
千葉では、思いがけず生まれた新品種が話題になったことがあります。成田市で「大栄愛娘」を育てている際に偶然できた品種で、「紅娘」と名付けられました。味わい、色合い、食感のどれもが従来とは違っており、発見当時は「奇跡のさつまいも」と呼ばれたそうです。
ただ、生産量が非常に少なく、市場で目にする機会はほとんどありません。わからない部分もありますが、一度は味わってみたいと思わせる魅力を持った品種として語り継がれています。
農林水産省が公表している「令和3年度 作物統計」※1をもとに、全国のさつまいもの生産量ランキングを解説し、主要な生産地とその特徴に触れていきます。また、同じく農林水産省が公表している「令和3年度 いも・でん粉に関する資料」※2のデータを参考に、生産地ごとに見られる主要な品種とその特徴もご紹介します。
まとめ

さつまいもは、遠い南米で育まれた後、琉球や薩摩を経て日本へ根づき、時代ごとにさまざまな名前で親しまれてきました。享保の大飢饉では人々の食を支える存在となり、青木昆陽の働きかけによって全国へ広まった歴史も残されています。呼び名に込められた洒落や土地の記憶をたどると、ふだんの食卓にある一つの芋にも豊かな背景があることに気づかされます。現在は鹿児島、茨城、千葉を中心に多くの品種が育てられ、それぞれの土地の気候や土の特徴に合わせ、味わいも個性豊かに広がっています。長い時間をかけて旅をしてきたさつまいもを思うと、いつもの一皿にもまた違ったおいしさを感じられそうです。














