秋冬になると無性に食べたくなる焼き芋。小腹が空いたときやおやつにもぴったりで、スーパーやコンビニでも手軽に買える身近な存在になりました。けれど「たださつまいもを焼いただけなのに、どうしてあんなに甘いの?」と思ったことはありませんか。実は焼き芋の甘さには、科学的な理由とさつまいもの特性が深く関係しているのです。
生のさつまいもは甘くないのに焼き芋が甘い理由

甘くておいしい焼きいも。特別味付けをしているわけでもないのに、どうして焼きいもは甘みがあるのでしょう。糖度の高い品種のさつまいもでも、生のさつまいも自体が甘いわけではありません。焼きいもが甘くておいしいのは、『麦芽糖』という成分に秘密があります。とは言っても、さつまいもに麦芽糖そのものが含まれているわけではありません。さつまいもを加熱して焼きいもにする工程で、麦芽糖が生まれます。さつまいもにはでんぷんが多く含まれていますが、でんぷんが麦芽糖に変化することで、甘い味わいになるのです。
甘さに欠かせないさつまいもの成分

さつまいもをそのまま生で口にしても、ほんのりとした風味は感じられても強い甘さはほとんどありません。それなのに焼き芋にすると驚くほど甘くなるのは、加熱の過程で起こる変化に秘密があります。さつまいもに豊富に含まれる「でんぷん」が、加熱中に「麦芽糖」へと変わることで、甘さが引き出されるのです。この変化を支えているのが酵素の一種である「β-アミラーゼ」。加熱されて糊化したでんぷんにβ-アミラーゼが働きかけ、糖へと分解していくことで、まろやかで濃厚な甘みが生まれます。焼き立ての芋を口に入れた瞬間、思わず笑顔になるほどの甘さととろけるような食感は、この酵素の働きとでんぷんの変化によって引き出されているのです。
甘さの決め手は加熱温度

焼き芋の甘さを引き出すためには、加熱の温度が大きなポイントになります。さつまいもに含まれるでんぷんは、60℃を超えると糊化して柔らかくなりますが、その一方で酵素であるβ-アミラーゼは75℃以上になると働きが弱まり、やがて失われてしまいます。つまり、でんぷんが糊化し、なおかつβ-アミラーゼが活発に作用できる「70℃前後」の温度帯が、甘さを最大限に引き出す理想的な条件なのです。
この温度でじっくりと時間をかけて焼き上げることで、でんぷんが麦芽糖へと効率よく変化し、濃厚な甘さが感じられる焼き芋に仕上がります。さらに、加熱の時間を長くとることで芋の中の水分が少しずつ抜け、糖の濃度が高まり、一口ごとに甘さがより際立つようになります。蒸したり煮たりすると高温になりすぎて酵素の働きが止まってしまうため、あの独特の甘さにはつながりません。低めの温度でじっくり火を通す、というひと手間こそが、焼き芋ならではの格別な美味しさを生み出しているのです。
追熟でさらに甘さアップ

収穫してすぐのさつまいもよりも、1~2ヶ月ほど“寝かせた”さつまいものほうが、同じ調理法でも甘みがあります。この寝かせておく工程を「追熟」と言いますが、追熟でさつまいもの甘みがアップするためにも、β-アミラーゼが関係しています。追熟するためには、10℃前後の冷暗所でさつまいもを陰干ししますが、この間に
- さつまいもの水分が少なくなる
- β-アミラーゼが働いている
ということが起こり、焼いたときにさらにおいしい焼きいもになるのです。冷暗所に置いている間にも、β-アミラーゼは働き、さつまいもを甘い状態にしていきます。
焼き芋におすすめの品種
ひとことで「さつまいも」と言っても、実は多くの品種があり、それぞれに特徴が異なります。焼き芋にしたときの味わいや食感も品種ごとに大きく変わるため、好みに合わせて選ぶ楽しさも広がります。糖度の高さや舌触りの違いが、焼き芋のおいしさを決める大きなポイントなのです。
安納芋

濃厚な甘みを持つことで知られ、焼き芋といえばまず思い浮かべる人も多い品種です。加熱すると水分が多くねっとりとした食感になり、蜜があふれるような仕上がりが特徴。コクのある甘さと黄金色の果肉が、見た目と味の両方で贅沢感を演出してくれます。
紅はるか

ねっとり系の焼き芋を代表する存在で、糖度の高さは群を抜いています。加熱することで甘さがぐっと引き立ち、しっとりとした口当たりが楽しめます。熟成させるとさらに甘みが増し、デザートのような濃厚さを持つため、近年特に人気が高まっています。
シルクスイート

比較的新しい品種で、その名の通りシルクのようになめらかな舌触りが魅力。甘さは上品でやさしく、飽きがこない味わいです。近年はスーパーなどでもよく見かけるようになり、ねっとり系とほくほく系の中間のような食感で、多くの人に親しまれています。
紅あずま

昔ながらの焼き芋のイメージに近い、ほくほく系の代表格。しっかりとした食感があり、噛むほどにさつまいもの自然な甘みが広がります。近年はねっとり系が人気を集めていますが、素朴で懐かしい味を楽しみたい方には紅あずまがおすすめです。
このように品種によって甘さの強さや舌触り、香りまでも異なるため、食べ比べてお気に入りを見つけるのも焼き芋の楽しみのひとつです。
家庭でおいしい焼き芋を作るコツ

昔は焼き芋といえば、冬になると街を回る焼き芋屋さんの軽トラックやリヤカーから漂う香ばしい匂いを思い浮かべた方も多いでしょう。石焼き芋の声が聞こえると、寒空の下でも思わず買いに行きたくなるほど魅力的な存在でした。最近ではそうした光景は少なくなりましたが、その代わりにスーパーの店頭や専門コーナーで焼き芋を手軽に買えるようになり、以前より身近な食べ物になっています。買い物のついでに甘い香りにつられて一袋手に取る、そんな日常の楽しみ方も広がっています。一方で、「自宅でもあの甘さを再現したい」と考える方も少なくありません。その場合におすすめなのがオーブンを使った方法です。オーブンなら温度を一定に保ちながらじっくりと加熱できるため、β-アミラーゼがしっかり働き、さつまいもの甘さが引き出されやすくなります。例えば、180℃に設定して90分ほど焼き上げれば、外は香ばしく中はねっとりとした理想的な焼き芋に仕上がります。
さらに味にこだわるなら、追熟させたさつまいもを使うのがおすすめです。家庭で追熟する場合は、半日〜3日ほど陰干ししたあと、新聞紙に包んで10℃前後の冷暗所で1〜2か月保管しておきましょう。時間はかかりますが、焼いたときに蜜がじんわり溢れ出すほど濃厚な甘さへと変化します。手間をかけて育てた焼き芋を口にした瞬間、ねっとりとした舌触りと深い甘みに感動するはずです。
自宅で作る焼き芋は、温度や時間を工夫するだけでお店に負けない美味しさに仕上がります。家族や友人と食卓でシェアすれば、寒い季節の楽しみがさらに広がるでしょう。
まとめ:焼き芋のおいしさは科学と自然の力

焼き芋が甘くて美味しいのは、さつまいもに含まれるでんぷんが加熱によって麦芽糖へと変化し、その働きを支えるβ-アミラーゼという酵素が関わっているからです。さらに、温度管理や加熱時間の工夫が甘さを大きく左右し、じっくり時間をかけて焼くことで自然な糖が引き出され、濃厚な甘みを味わえるようになります。加えて、収穫後にさつまいもを寝かせて追熟させれば、でんぷんの糖化が進み、焼いたときに蜜があふれるような極上の仕上がりになります。また、さつまいもの品種によっても風味や食感は大きく異なります。安納芋の濃厚な甘さ、紅はるかのねっとり感、シルクスイートのなめらかさ、紅あずまのほくほく感など、それぞれに個性があり、食べ比べることで自分好みの味わいに出会えるでしょう。同じ焼き芋でも、品種や調理法によって驚くほど印象が変わるのも魅力です。
最近ではスーパーやコンビニでも手軽に焼き芋を買えるようになりましたが、自宅でじっくり焼き上げる焼き芋には、手間をかけた分だけ格別の美味しさがあります。オーブンでゆっくりと時間をかけて仕上げたり、追熟させたさつまいもを使ったりと、ちょっとした工夫を取り入れるだけで甘みと香りが際立つ一品に変わります。
寒い季節に温かい焼き芋をほおばれば、体だけでなく心まで温かくなるもの。甘く香ばしい香りに包まれながら、旬の味覚を楽しむひとときは、日常の中で小さな幸せを感じられる特別な時間になるはずです。ぜひ自分なりの方法で焼き芋を味わい、その奥深い美味しさを堪能してみてください。








