【令和の米騒動】五島列島でも備蓄米が即完売!元農家が語る米価高騰と「五島米」の未来

令和の米騒動と価格高騰、元農家が語る「五島米」の未来と課題

日本全国を揺るがしている、深刻な米不足と価格の異常な高騰。ニュースの中で「令和の米騒動」という言葉を初めて耳にしたとき、正直なところ「今の豊かで飽食の時代に、いつの時代の話をしているのだろう?」と、どこか他人事のように感じていた人も多かったのではないでしょうか。

しかし、その波は本土から遠く離れた長崎県の離島、五島列島にも確実に、そして容赦なく押し寄せてきました。スーパーの棚からお米が消え、価格が倍以上に跳ね上がるという異常事態は、島で暮らす私たちの日常を直撃しています。 かつて五島列島の福江島で米作りを営んでいた元・米農家である私の目には、この一連の騒動は単なる一過性の現象ではなく、日本の農業が長年抱え込んできた構造的な問題が、限界に達して噴出した結果のように映ります。

この記事では、五島列島における米不足と価格高騰のリアルな現状をお伝えするとともに、20年前の五島の米作りの歴史と変遷、JAごとう(農業協同組合)の現在の取り組み、そして深刻な高齢化問題に直面する「五島米」の未来について、元農家ならではの視点で深く掘り下げて考察します。

離島・五島列島にまで波及した「備蓄米」の販売と即完売の衝撃

五島のスーパーの米陳列棚の様子

先日、五島列島内で非常に驚くべき出来事がありました。島内で初めて「備蓄米(政府が不測の事態に備えて保管しているお米)」が一般向けに販売されたのです。
全国的な米不足が報じられる中、「輸送コストのかかる離島のスーパーにまで、そういった特別なお米が出回るのは、本土よりもずっと後になるだろう」と私は高をくくっていました。しかし、予想に反してその動きは非常に早く、危機感の強さを肌で感じる出来事となりました。

米価の上昇と品薄状態が続き、お一人様1袋までという制限の貼り紙

今回、この備蓄米を販売したのは、九州地方を中心に広く展開している大型ドラッグストアのチェーン店です。おそらく、開店前のパニックや買い占めによる混乱を避けるためでしょう、チラシや店頭での事前告知は一切行われていないゲリラ的な販売でした。
しかし、お米を探し求めていた島民の口コミはあっという間に広がり、販売開始からわずか1時間で、5kg・1,980円(税込)という現在の相場からすれば非常に良心的な価格のお米が、用意されていた80袋すべて完売してしまったそうです。
島内にある同チェーンの別の店舗の入り口にも、「当店でも備蓄米を確保しており、今後販売予定です(販売時期は未定)」という旨の貼り紙が出されていました。お米を求める消費者の切実な思いと、離島の供給網の限界を象徴するような出来事でした。

異常な価格高騰。外国人実習生や島民の家計を直撃する負担

異常な価格高騰。外国人実習生や島民の家計を直撃する負担

この米不足の背景にある、異常なまでの「米価の高騰」について振り返ってみましょう。

五島列島の生活拠点であるドラッグストアやスーパーでの価格推移は、まさに異常事態と呼ぶにふさわしいものでした。 異変の始まりは昨年の9月頃です。それまで10kgあたり2,880円という手頃な価格で販売されていたお米が、ある日突然1,000円も値上がりし、3,880円のラベルが貼られていました。その時は、「猛暑の影響で今年の収穫量が減ったというニュースもあったし、一時的な値上がりだろう」と軽く考えていました。

しかし、それは悪夢のような高騰劇のほんの序章に過ぎませんでした。 翌10月に入ると、10kgの価格は一気に6,000円台へと跳ね上がりました。その後も価格の上昇は止まらず、現在ではなんと「5kgで5,000円近く」という、かつての高級ブランド米すら凌駕するような途方もない価格まで上昇してしまっています。10kg買えば約1万円が飛んでいく計算になります。

この急激な物価上昇は、島で暮らす多くの人々の家計に深刻なダメージを与えています。 特に深刻なのが、五島の農業や水産業などを労働力として支えてくれている、若い外国人技能実習生たちの存在です。彼らはお米を主食とする食文化を持つ国から来ていることが多く、毎日のようにお米を大量に消費します。限られた給料の中から祖国の家族へ仕送りを続けている彼らにとって、主食の価格が数ヶ月で2倍以上に跳ね上がるというのは、生活の基盤を揺るがす死活問題となっています。

五島内の飲食店事情と、元農家に寄せられる「売ってほしい」の悲鳴

五島内の飲食店事情と、元農家に寄せられる「売ってほしい」の悲鳴

それでは、お米を大量に消費する五島市内の飲食店(寿司屋、定食屋、弁当屋など)は、この事態をどう乗り切っているのでしょうか。

私が親しい飲食店経営者たちに聞き取りを行ったところ、昨年末の時点では「実はそこまで大きな影響を受けていない」という声が多く聞かれました。 その理由は、多くの店舗がスーパーや卸業者を通さず、地元の知り合いの米農家から「直接契約(個人売買)」で年間を通じて五島米を仕入れていたからです。五島列島の農家の多くは良心的で、世間の価格が高騰しても「昔からの付き合いだから」と、仕入れ価格を据え置いてくれていたのです。(一部では、相場に合わせて便乗値上げをする農家もいるという噂も耳にしましたが、それは本当にごく一握りの話です)。そのおかげで、飲食店側もメニューの値上げをせずに踏みとどまることができていました。

しかし、今年に入っても状況は好転するどころか、品薄状態はさらに悪化の一途をたどりました。スーパーの米売り場は空っぽになり、「1家族様1袋まで」という購入制限の貼り紙が日常の風景となりました。周囲に米農家の知り合いがいない一般家庭や、新規でオープンした飲食店などは、本当にお米が手に入らずに悲鳴を上げています。

私の嫁ぎ先がかつて大規模な米農家だったことを知っている友人や、切羽詰まった飲食店の方から、「なんとか直接お米を売ってもらえないだろうか?」と頼み込まれることも度々ありました。しかし、現在は自分たちの家族が食べる「自家消費分」のわずかな量しか生産していないため、泣く泣くすべてお断りするしかありませんでした。 困っている友人たちを助けられないもどかしさと、「もし今でも本格的にお米を作っていれば…」という複雑な感情が入り混じり、胸が痛みました。

20年前の五島の米作り。豊作による価格崩壊と「在庫の山」への絶望

掛け干し米

私がこのような複雑な思いを抱くのには、20年前の我が家の農業事情が深く関係しています。

20年前、我が家は福江島でも有数の面積で大量の五島米を作り、島外の個人顧客や、島内の飲食店、ホテルなどに直接販売する大規模な米農家でした。秋の収穫を終えた後も、毎日100kg以上のお米を精米機にかけ、近くのヤマト運輸の営業所まで何往復もして全国へ出荷作業を行う、息をつく暇もない忙しい日々を送っていました。

当時はすでに農業だけで生計を立てる「専業農家」は減少しつつありましたが、別の仕事をしながら休日に農作業を行う「兼業農家」はまだ島内にたくさんおり、福江島のあちこちの田んぼで青々とした稲が育っていました。

しかし、米を作る人が多かったということは、それだけ「供給過多」の時代でもあったということです。 丹精込めて作った美味しい五島米を、10kg・4,000円という価格で販売しようとしても、「スーパーの特売で買った方が安いから要らない」と無情に断られることが何度もありました。秋が深まっても売れ行きは伸びず、我が家の巨大な倉庫に、行き場を失った米袋が天井近くまで山積みになっていく光景を見て、途方に暮れ、深い絶望を味わったことを今でも鮮明に覚えています。

米の精米と袋詰め

お米は生鮮食品です。1年が経過して「古米」となり、さらに年を越して「古古米」となれば、風味が落ちてパサパサになり、美味しくなくなってしまうことを農家である私たちは誰よりもよく知っています。「このまま売れ残って『古古古米』になってしまったら、品質的に本当に食べられるのだろうか…」と、夜も眠れないほど心配した時期もありました。
現在のように、10kgで1万円を出しても買えない時代が来ることなど、当時は想像もできませんでした。

米作りからの撤退と、国の転作補助金がもたらした光と影

米作りからの撤退と、国の転作補助金がもたらした光と影

山積みの在庫と価格下落に苦しんでいた私たちに、さらなる追い打ちをかけたのが「生産コストの異常な高騰」です。

海を渡って運ばれてくる肥料や農薬、農機具の燃料となるガソリン代、そして島外へ発送するための配送料など、離島ならではの輸送コスト(ハンデ)が年々重くのしかかり、米を作れば作るほど赤字になるという限界点に達しました。 そして今から約10年前、我が家はついに苦渋の決断を下し、先祖代々守ってきた「米作り」から完全に撤退することを選んだのです。

ちょうどその頃、国の農業政策が大きく転換期を迎えていました。お米の余剰を減らすため、「田んぼで米以外の作物(飼料用米や大豆、麦など)を作れば、作付面積に応じて手厚い補助金が支給される」という、いわゆる転作奨励の制度が強化されたのです。 米作りをやめた我が家もこの制度を活用し、田んぼに水を張るのをやめ、五島牛などの家畜の餌となる「飼料用牧草」を栽培するようになりました。

この補助金制度は、私たちのような限界を迎えていた農家にとって、まさに干天の慈雨のような大きな金銭的助けとなりました。また、米作りをやめた途端に田んぼが荒れ果ててしまう「耕作放棄地の急増」を、緩やかに食い止める効果があったことも事実です。 高額な田植え機やコンバインなどの機械を持っていない人や、高齢で農作業がキツくなった人でも、作業を外部に委託したり、農地を他人に貸して米以外のものを作ってもらったりすることで、補助金のおかげで十分に元が取れるようになりました。

しかし、この政策が五島列島全体の「食用の五島米の生産量」を急激に減少させる大きな要因となったことも、また紛れもない事実なのです。

五島列島における現在の米流通と、JAごとうの奮闘

収穫時の米

米を作る農家が減った現在、五島列島のお米の流通事情は非常に厳しい状況に置かれています。

かつては多くの農家が「JAごとう」に収穫したお米を出荷していましたが、現在その出荷量は激減しています。そのため、JAが運営する農産物直売所であっても、地元で採れた令和6年産の五島産米は早々に底をついてしまいました。現在では、本土側にある長崎県のJAから卸してもらったお米を店頭に並べて販売せざるを得ない状況が続いています。 それでも、スーパーで素性が分からないブレンド米を買うよりも、「農協が販売しているお米なら品質が信頼できる」と考える消費者は多く、直売所に並べられたお米も入荷する端からすぐに売り切れてしまう状態です。

一方で、品薄のドラッグストアやスーパーの棚には、苦肉の策としてカリフォルニア米や台湾米などの「外国産米」が緊急入荷して並べられるようになりました。しかし、日本のふっくらとしたお米の味に慣れ親しんだ島民からは敬遠されがちで、さすがにこれらは売れ残っている光景をよく目にします。

次の収穫へ向けて。JAごとうの価格設定と生産呼びかけ

五島のお米

このような危機的状況の中、五島の農業の要であるJAごとうも、五島米の安定供給に向けて必死の対策を講じています。

今年の春、JAごとうが組合員の農家から注文を受けた早期の水稲苗(こしひかり、なつほのか等)の数は、約3万6,000箱に上り、昨年と比較して約2,000箱も増加したそうです。お米の需要増を見越して、作付けを増やそうとする農家の意欲の表れと言えます。(ただし、この苗のうちどれくらいの割合が食用米として育てられ、どれくらいが牛の餌などの飼料用米に回されるのかは不明です)。 苗の注文が殺到したため、JAが管理する苗床(育苗施設)のキャパシティが限界を超えてしまい、やむを得ず注文を断るケースすら発生したと聞いています。

また、JAごとうが発表した今年の食用米30kgあたりの「農家からの買取価格」は、1等米が14,000円、2等米が13,500円、3等米が13,000円という価格に設定されました。 これは、肥料代の高騰などで苦しむ農家の経営を支えつつ、「地元で作られた安心・安全なお米を、地元の消費者に安定して届けるため」の、ギリギリのバランスを狙った価格設定だと言えます。JAごとうが毎月発行している広報誌(5月号)でも、組合員に向けて「食料安全保障の観点からも、食用米の作付けとJAへの積極的な出荷をお願いします」という異例の呼びかけが行われていました。

平成の米騒動の記憶と、これからの日本の農業への提言

五島のお米の炊き立て

私がまだ小学生だった平成の初頭、長雨と冷夏による大凶作が原因で、日本全国で深刻な米不足が発生する「平成の米騒動」が起きました。 当時の学校給食では、日本のお米の代わりに細長いタイ米がブレンドされて出されたり、お米が全く手に入らず、毎日パンしか出なかった週もあったことを鮮明に覚えています。あの時、子ども心に「いつも当たり前のように食べている、日本のふっくらして甘いお米は、なんて美味しくて大切なものなんだろう」と痛感しました。大人になり、実際に自分の手で土にまみれて米農家として働いたことで、その思いは何倍にも強くなりました。

しかし今、水と空気を入れるように「当たり前の存在」として消費されている日本のお米の生産基盤は、根底から崩れ去ろうとしています。 ニュースで最初に「令和の米騒動」という言葉を聞いた時、「いつの時代の話だ」と笑っていた私ですが、まさかここまで事態が深刻化し、スーパーからお米が消えるパニックになるとは夢にも思っていませんでした。過去の騒動と同様に、秋の新米の本格的な流通によって、今回の令和の米騒動が一刻も早く収束し、消費者の元へ適正な価格でお米が届くようになることを願ってやみません。

需要と供給のバランス、そして「スマート農業」の必須性

「スマート農業」の必須性

しかし、この問題は「お米の価格が安く戻ればそれで解決」という単純なものではありません。 消費者にとってはお米が安いことはありがたいですが、価格が下がりすぎれば、かつての我が家のように「作れば作るほど赤字になる」という絶望を味わい、米作りから離脱する農家が再び続出します。生産者がいなくなれば、次にお米が不足した時に、もう二度とリカバリーすることができなくなります。消費者と生産者が共に生きていける、適正な「需要と供給の価格バランス」を見直す時期に来ているのだと、改めて強く感じます。

さらに、五島列島を含む日本の農業が直面している最も深刻な問題が「農家の超高齢化と圧倒的な人手不足」です。 5年後、10年後を想像してみてください。現在、日本の米作りの大部分を支えている高齢の農家たちは引退の時期を迎え、米作りを担う労働力は間違いなく激減し続けます。これは、日本全体の人口減少のスピード以上に、極めて顕著に、そして残酷な形で地方の農業に表れてくるはずです。

今回の令和の米騒動は、私たちに「少し先の未来への警告」を発してくれました。 人手が極限まで少なくなっても、安定して食料の生産を続けられる環境を国や自治体が本気で整えなければなりません。ドローンによる農薬散布や、自動運転のトラクター、水田の水位を遠隔管理するシステムなど、いわゆる「スマート農業」と呼ばれる最先端の分野への移行と支援を、五島列島のような離島にこそ急ピッチで進める必要があります。

目の前の米の値段に一喜一憂するだけでなく、5年後、10年後の少し先の未来を見据え、どうすればこの国のお米を守り、次世代へ繋いでいけるのか。生産者と消費者が一体となって考え、行動する抜本的な施策と対策が、今まさに求められているのです。