長崎県の西の果て、五島列島。青い海と豊かな自然に囲まれたこの島で、ユニークな農業を営む企業が注目を集めている。
その名は「株式会社アグリコーポレーション」。代表の佐藤さんは、もともと会計事務所で働いていた「数字のプロ」だ。都会のオフィスから離れ、2011年に五島へ移住。競売で手に入れた農地から、まったくゼロの状態で農業を始めたというから驚きだ。

大学教員である著者のゼミ生の父親で同社に関与する相田さんと の交流から、このたび五島列島を訪れる機会を得た。熊本で奉職していた2010年代から九州で訪ねてみたいベスト3に入る五島列島、驚きの連続となったフィールドワークで、豊富な文化と歴史を刻むこの地は何度でも訪れたいオススメの場所となった。
同社は、「オーガニック栽培による農業」「加工&販売」「メディア」の3事業に加え、今後は「宿泊」を加えた4事業の展開を目指している。
農地は有機JAS認証を受け、化学肥料も農薬も使わない。日本の農地で有機認証を持つのはまだ0.5%ほど。そんな中で100%オーガニックを貫く姿勢は本当にまれである。

主力はサツマイモ。中でも人気なのが五島の伝統的な「かんころ餅」をヒントにした「おしゃぶー」という赤ちゃん向けの干し芋スナックだ。実はこの商品がきっかけで、会社全体の方向性が決まったという。つまり、「作ったものを売る」ではなく、「売りたい最終商品から作る農作物を決定する」スタイル。作りたい農作物を主力としようとする農家が多い中で、逆転させた発想がユニークである。
五島の拠点には「SWEET POTATO LABO」という食品工場があり、ペーストやパウダーなどの加工を行っている。さらに、サツマイモに関する情報を発信するポータルサイトも運営する。今後は宿泊施設も整備し、訪れる人が「見て・学んで・食べて」体験できる場所にしたいという。
“農業 × 食 × 学び × 観光”を一体にした、まさに離島発のスモールエコシステムだ。
もちろん、島での起業は楽な道ではなく、最初は「よそ者」として地元農家から厳しい視線を受けたこともあったという。それでも有機栽培の成果を地道に示すうちに、今では地域の農家が同社のやり方に共感し、サツマイモ栽培を始める人も出てきたという。
ビジネス面でも独自の強みがある。有機農業は「儲からない」と言われることが多いが、アグリコーポレーションは加工・販売・観光を組み合わせて、自立した収益モデルをつくっている。また、本州では「旬の駅」という直売所を展開し、五島で育てた野菜を都市の消費者に直接届ける仕組みを整えている。
離島と都市をつなぐ「顔の見える流通」こそが、彼らの真骨頂である。
会社の中でも、社員と一緒に100キロウォーキングをするなど、「仕事以外の共通体験」でチームの絆を育てているそうだ。そこにもこの会社らしさが表れている。
まだまだ耕作放棄地があるが、彼らにとっては大きな機会となっている。
スタートアップ企業を研究する著者からみて、佐藤さんや相田さんは起業家精神豊かなアントレプレナーに写るし、アグリコーポレーションは地方発で成長続けるスタートアップ企業だ。
同社の歩みは、「制約があるもとでも新しい可能性が生まれる」ことを教えてくれる。
離島というハンディを逆手にとり、地域の人とつながりながら、オーガニックを「生活文化」として根付かせようとする挑戦。訪問した日も本土から夢を求めてやってきた新入社員が目を輝かせていた。
過疎地域の先端をいくとも言われる五島ではあるが、その姿は日本のオーガニック農業の未来を先取りしているようにも見える。
同社のさらなる発展がとても楽しみであり、研究成果としてまとめていきたい。ワクワクしたければ、是非五島列島を訪問いただきたい。
吉川 晃史
京都大学で経済学、経営学の博士課程、修士課程を修了。熊本の大学など勤務後、現在は関西学院大学商学部教授を務める。税理士・公認会計士の資格も持っている。今回はサムライサミットの相田との出会いがきっかけで五島に興味を持ち、五島を訪れる。








