五島列島(福江島)に来てもうすぐ1年。長崎県に居た時と離島との違いを考えてみた!長崎県五島列島の良かった点、困った点まとめ

五島で1年過ごしてみて

自分が五島に来てもうすぐ1年。島での生活に慣れて勝手がわかり始める時期だ。初めて五島に着た時はさつまいも(安納芋)収穫の真っただ中で、島内を見て回ろうにも仕事で動けない日々が続いていた。しかし今年は仕事終わりに開いている店や行動可能な範囲が分かっている分負担が少ない。

五島の小売り業を見て

これを書いている日からちょうど1か月後に五島に来て1年となる。そこで、実際に過ごしてみて感じた長崎と違う部分を書いていこうと思う。まず、長崎の本土に居た時よりも手に入りにくいものが多かったり、そもそも五島にはなかったりというものが多い。そして仮にあったとしても、輸送費が上乗せされる分高騰していることも多い。これは島内で展開する商店やスーパーに多くみられる傾向であり、全国チェーン店であるドラッグストアやコンビニではあまり見られない。

カップ麺

某有名カップ麺を近所のスーパーで買った場合、大手の小売店で買うよりも10~20%ほど割高となる。ある程度は想像していたが、実際に近所のスーパーで値札を見た時は腰を抜かしたものだ。だがこちらで過ごし始めて1か月後。驚いた。ネットの通販サイトでは基本的に、離島に配送する場合は別途送料が上乗せされるものなのだ。しかし、ここは違った。なんと長崎と同じく九州地区としての送料でお届けしてくれるのだ。ただ、大手が暴れまわってしまうと地元で展開する商店等は厳しい状態に置かれることが多い。

実際に、商店街はシャッターを下ろしている店もあった。しかし、それでも存続している地元の商店等を見ることも多い。これにはまた驚いた。そこで店内に入り、よく観察してみる。安い。安いじゃないか。目に入ったのは「割引」の文字。ついつい手に取ってしまう。なるほどこういうことかと理解した。アメリカ最大のスーパーマーケットをご存じだろうか。世界的に見てもとても大きい企業なのだが、どうしてここまで大きくなったのか。理由は簡単。物量任せの叩き売りで、時にダンピングに近い値下げをして地方の商店を食らい、客を独占する環境を作り上げるというもの。これが建った地方の商店は壊滅的な状態となるのだ。毎日が安売りの日ということで英単語の頭文字をとり、EDLPと言われている。この場合、普段からの節約がカギとなるため、大量の商品をオーダーすることで品揃えを増やしながら価格を抑え、入れ替えにかかる人件費等を節約し、広告等もあまり行われない。

EDLPが日本では通用しない!?

日本では、「特売」など特定の商品が安く売られる時間や時期がある。実はこの時期に限って商品単品で見た場合だと、大手より競合の商店等が安かったりする場合もある。この時の商店は気合いを入れて広告を行う。そして、普段から安いものと目に見えて普段より安いものでは日本のお客は後者に飛びつくのである。離島という輸送コストで商品が高騰してしまう地理においてここまで極端な話ではなくとも、これに近いことが起こり、小さな商店や島内展開のスーパーが生き残っているというのには驚いたのだ。

五島列島は競合企業が少ない

次に長崎と違うと感じたのは、地元における競合が少ないこと。競合が少ない業種はどこにでも存在する。しかし五島ではそれが多いのだ。あまり悪い方向のことは書きたくないのだが些か気になる部分だ。俗にいう殿様商売というものが垣間見える。例を挙げればきりがないが、初めてこれを感じたのは港においてだ。窓口の態度がとても悪い。人間なのだから誰にでも笑顔を見せろとは言わないが業務の間くらいはもう少しいい顔を見せてもいいのではないか。これは船会社の特殊性の問題なのかと思ったがそうでもないと思い知らされることになる。

離島という環境

会社の近くにはレストランを併設した道の駅があるのだが、ここで行われた忘年会の準備を手伝っていた時にも同じような体験をした。人の話を遮ってまで話をしようというのは接客業出身者としてはありえないことだったのだ。しかし、競合が少ない場合、業種にもよるが価格競争が起こりにくい。これにより安定した事業に近付くため気づいたら潰れていたということが少ない。そして、知名度や根強い客層が手に入りやすいというのも利点だろう。

これにより、長い付き合いをしやすくなる。客視点としては、良く分かってくれる相手になるのだから決して悪いことではない。これも五島で実際に見たものである。このため、競合が少ないことが必ずしも悪かというとそうは言い切れないのではないだろうか?。これらの内容自体は田舎へ行けばみられる光景なのかもしれないが、離島という特殊な地理においてはこれが特に顕著に表れていた。

五島の小売りを観察してみて思ったことを書いてみたが、もっと長い年月をかけて交流していけばまたこれが変わってくるのかもしれない。そのためこれからも観察をづけていきたいと考えている。