イタタタ…朝7時前に、骨折!?9カ月休職し、職場復帰の日に感じた「仲間っていいなぁ~」の出来事と失って初めてわかる大切なこと

生きていくなかで感じる「縁」

今日まで自分が生きて来てたくさんの人とご縁がありました。まさか・・・アグリ・コーポレーションの社長の佐藤さんとご縁があるとは。社長さんと息子とご縁があり、アグリ・コーポレーションが忙しくなってきて、求人募集をしているときに私が、たまたまお仕事をしていませんでしたから私に声がかかったのです。車を運転することは苦にならなかったので息子の手伝いをしてあげようと思ったのが切っ掛けでした。令和元年11月7日に短期間6か月の予定で入ったつもりが…あと1か月で3年になります。

骨折と仲間

1年が過ぎた12月23日、あと3日お仕事に行くとお正月休みに入るところでした。玄関に降りるときに足を踏み外し落ちてしまったのです。朝の7時前のことでした。車に乗り込むまでが大変で五島病院の夜間外に行き、診察していただいたらなんと・・・骨折していました。車を運転して病院に行ったのでまさか骨折しているとは思っていませんでした。それも手首の骨2本とも。それから40日ほどギブス生活をしました。生活はとても大変でしたが、運よく利き手ではなく左手だったのでなんとか乗り切れました。それからコルセットを一カ月してリハビリに八カ月間、通いました。お仕事に九カ月、行くことが出来ませんでした。お仕事できないから、申し訳なく…心が…。そんな感じで、悩んでいた時に息子から「お母さんの大好きなシール貼りの仕事があるから早く仕事においでよ」と言われて職場に戻る決心ができました。まだ、左の指がうまく曲がらずグーができない状態ではありましたがお仕事に行きました。

九カ月の間、お仕事に来ていない私を仲間たちは温かく迎えてくれたのです。仲間っていいなぁーとその時、心から感謝しました。骨折して2年になろうとしていますが、いまだに指は元に戻らず相変わらずグーは出来ないないけど、右手があるだけ幸福です。

「お母さん、見せたいところがあるのだけど」

三井楽はとてもご縁があるところです。息子が14歳の時に漁師だった父親が漁場から魚を釣って富江港に入る予定だったのですが、何らかの事故に遭遇し、流されて最後に船が見つかったのがこの三井楽だったのです。船の中で亡くなっておりましたが三井楽の皆様にはとてもお世話になりました。息子が、アグリ・コーポレーションに入社して暫くしてから、「お母さん!見せたいところがあるんだけど一緒に来てくれない」と言われて行った先が夫の船が見つかった場所でした。あれから30年以上たったので少し変わっておりましたが、息子のかすかな記憶が私たちをこの場所に連れてきてくれました。奇跡でした!

失って分かる大切なこと

夫を32年前に、実父を6年前に亡くして初めてわかること。今まで何も感じなかった当たり前に暮らして、いなくなって初めてその人の存在感、尊さを感じて何もできなかったのではと思い出します。その時は、私なりに付き合ってきたと思い、自分自身を納得させますが、寂しく感じることが少なからずあります。

一人残った96歳の母。若いころは、何でもできた人。和裁、編み物、人様の手伝い、集会があるときには自分から進んで手伝いをした人が年を取って少しずつですが、衰えてきました。まだ、自分のことは出来ていますが…。

畑が大好きな人。私には出来ない畑仕事を母はさつまいも、ジャガイモなどの野菜からスイカまで種物を収穫までして、いつも頑張っている人。母の足元にも届かない私は、食べるだけですが、元気で好きなことをしている母を側で見守っていこうと思っています。一日一日を大切に過ごして母から幸福だったと思っていただけるように頑張っていこうと思います。