海を越えた約束。長崎・五島から雪国・新潟への旅
さつまいもが結ぶ不思議なご縁というのは、一体どこまで広がっていくのでしょうか。
今年の4月、テレビ番組『マツコの知らない世界』などでおなじみのさつまいもマニアであり、6次産業化プランナーとしても全国を飛び回る新谷梨恵子(あらや りえこ)さんが、はるばる長崎県の五島列島(福江島)まで足を運んでくれました。その際、私たちは「次は必ず、私が新潟にある新谷さんのお店へ会いに行きます!」と固い約束を交わしたのです。
そして約束通り、新緑が目に眩しい6月5日、私は新谷さんが待つ新潟県小千谷(おぢや)市をお邪魔してきました。 全国から引っ張りだこで多忙を極める新谷さんであるにもかかわらず、今回の私の訪問のために快くスケジュールを調整してくださり、そればかりか「うちに泊まっていって!」と、温かいご好意で宿泊までさせていただくことになりました。本当に感謝の言葉しかありません。
今回の私の新潟旅には、大きな2つのミッションがありました。 1つ目は、新谷さんがプロデュースするカフェで、さつまいもをふんだんに使った念願の「お芋尽くしランチ」を五感で堪能すること。 そして2つ目は、年間50件以上の講演をこなし、カフェを経営し、自ら畑に立つ新谷さんの、あの底知れぬ圧倒的な「パワーの源」が一体どこから湧き上がっているのか、その秘密を探ることです。
長崎の離島・五島列島から旅立ち、東京での用事を済ませた後、東京駅から初めての上越新幹線に乗り込んで、いざ豪雪の歴史を持つ米どころ・新潟の長岡駅へ。駅の改札では、私に新谷さんを引き合わせてくれた大切な友人である地元の農業女子と合流。今夜は3人でじっくりお酒を飲む約束です。 「長岡駅から小千谷行きの在来線に乗り換えるのは大変でしょう」と、なんと多忙な新谷さんが自らハンドルを握って、長岡駅まで車で迎えにきてくれました。ここから、驚きと感動に満ちた小千谷での2日間の幕が上がります。
第一章:五島民が驚いた!何もかもが新鮮な「新潟・小千谷あるある」
新谷さんの運転する車に乗り込み、車窓に広がる広大な景色を眺めながら小千谷市内へと向かいます。移動時間はおよそ30分。道中、五島列島という「1年中ほとんど雪が降らない温暖な離島」で暮らす私にとって、見るものすべてがカルチャーショックの連続、まさに“新潟あるある”の洗礼を受けることとなりました。
米菓会社の圧倒的なパワーと、謎の「ラーメン激戦区」
まず新谷さんが案内してくれたのは、新谷さん自身が丹精込めて作った自慢の野菜を販売しているという、地元の米菓工場の直営店でした。 店内に一歩足を踏み入れて驚愕したのが、日本人の定番おやつである「柿の種」やせんべいが、見たこともないような業務用の巨大な大袋にギチギチに詰め込まれ、信じられないほどの格安価格で山積みにされて売られていたことです。さすが、日本を代表する米どころであり、大手米菓メーカーの本社がひしめく新潟県。お米そのものだけでなく、せんべいやおかきといった加工品の規模感もケタ違いです。
さらに面白かったのが、その直営店が「本格的なラーメン店」と完全に併設されていたことです。 新谷さん曰く、もともと地域で愛されていたラーメン店が閉店の危機に瀕した際、近くに工場を持つ大手の米菓会社が「この街の味を守ろう」とそのお店をまるごと買い取り、ラーメンの味も暖簾もそのまま残したのだそうです。一企業の地域に対する愛と財力が凄まじいなと、新潟の底力を初手から実感させられました。
そして、米どころであるにもかかわらず、国道沿いを見渡すと右を向いても左を向いても「ラーメン店」の看板ばかりが目に飛び込んできます。長岡市が全国屈指のラーメン激戦区であることは小耳に挟んでいましたが、隣接するこの小千谷市も全く負けていません。 小千谷といえば伝統的な「へぎそば」があまりにも有名ですが、街を走っている肌感覚としては、蕎麦屋よりも圧倒的にラーメン店の方が多いのです。しかも、新潟県民のソウルフードはコクのある「醤油ラーメン」が主流。九州・博多を中心に「とんこつ味こそが至高であり、とんこつ以外はラーメンと認めない」という強い偏見(笑)を持っていた私ですが、この後、新潟の醤油ラーメンの奥深い美味しさにぐうの音も出ず納得させられることになります。
豪雪地帯を生き抜く、インフラの不思議な知恵

車が市街地へ進むと、新谷さんが悪戯っぽく「ねえ、何か街の景色で気づくことない?」と聞いてきました。 言われて何気なく前方の信号機を見上げてみて、ハッとしました。なんと、信号機がすべて「縦型」に設置されているのです。横型だと雪が上に積もって重みで壊れたりライトが見えなくなったりするため、雪をストンと下に落とすための雪国ならではの工夫なのだそうです。
よく見れば、学校の体育館の屋根も、五島で見慣れた平らなものではなく、雪が自然に滑り落ちるように鋭い傾斜の斜め屋根になっています。 何よりも一番びっくりしたのが、一般の民家のほとんどが「1階部分が丸ごとコンクリートのガレージ(高床式)」になっており、実際の住居スペースが2階や3階にあるという独特の建築スタイルです。冬になり本格的な豪雪を迎えると、1階部分が完全に雪で埋まってしまうことがあるため、あらかじめ家全体を高く持ち上げているのだと聞き、五島では想像もつかない自然の厳しさに身震いがしました。
地域のゴミステーションまでもが高床式の頑丈な檻のようになっていたり、歩道の幅が道路の半分くらい広く取られていたり、お店の駐車場がどれも驚くほど広大だったり……。 さらに、道路の中央から水が溢れ出ている形跡があり、路面が独特の茶褐色に染まっています。これは、冬場に積もった雪を溶かすために地下から組み上げた温泉成分混じりの水をスプリンクラー(消雪パイプ)で散水するため、その泥や鉄分の色が付着しているのだそうです。 いつも雪という巨大な自然と隣り合わせで、それらを克服しながらたくましく暮らしている新潟の人々の知恵の結晶に、ただただ感動するばかりでした。
第二章:大自然のスケールに圧倒!小千谷の絶景スポット「山本山」
続いて、新谷さんが「小千谷市の中で、私が一番お気に入りの場所に連れて行ってあげる!」と、車をぐんぐんと高台へと走らせてくれました。辿り着いたのは、「山本山(やまもとやま)」と呼ばれる美しい山です。

車幅のある坂道を登りきり、頂上に到着した瞬間、目の前が開けて息を呑みました。 山の頂付近には、見渡す限りの広大な大農園の畑が広がっていたのです。ここは夏になると一面が鮮やかな黄色に染まる「ひまわり畑」になり、期間限定で夜間は美しいイルミネーションが施されるなど、地元のカップルたちにとっては定番の、最高にロマンチックなデートスポットなのだそうです。
展望台の柵から眼下を見下ろすと、そこには緑豊かな大盆地と、日本の歴史を支えてきた大河「信濃川(しなのがわ)」の雄大でゆったりとした流れが、果てしなくどこまでも続いていました。 教科書の地図や地理の授業でしか見たことのない、日本一長い川のリアルなスケール感。四方をどこまでも青い海に囲まれた五島列島のダイナミックな絶景とはまた性質の異なる、大地の豊かさと大陸的な緑のエネルギー、そして圧倒的なスケールの大きさをビンビンと感じ、胸がすくような開放感を味わいました。
冬になると、この山本山は深い積雪のために完全に道が閉鎖され、立ち入ることができなくなるそうです。新緑が最も美しく輝き、大河の美しさを存分に拝めるこの初夏の時期に小千谷を訪れることができたのは、本当に正解だったなとしみじみ感じました。
第三章:新谷梨恵子さんの原点。中越地震から始まった「小千谷への深い恩返し」
山本山を満喫した後は、新谷さんのご自宅へ少しだけお邪魔させていただきました。 ご主人のご両親と同居されている大きなお家では、新谷さんのお義母さんが「ようこそ!」と満面の笑顔で温かく出迎えてくれました。
家の周囲には広大な家庭菜園があり、そこでトマトやナスなど、数え切れないほど多種多様な野菜が活き活きと育てられていました。ここで収穫された新鮮な野菜たちが、毎日のカフェのランチメニューのベースとして使われているのです。 「これはね、こうやって育てると美味しくなるのよ」と、お義母さんと新谷さんの二人が顔を見合わせながら活き活きと楽しそうに野菜の解説をしてくれる姿は、血のつながりを超えた本物の親子のようで、見ているこちらまで心がポカポカと温まる素晴らしい関係性でした。
地元の人が集う店で語り合う、熱い夜

夕方からは、車で送迎していただき、小千谷市のレトロな商店街の中にある新谷さんイチオシの居酒屋へ。 「観光客向けの気取ったお店よりも、地元の仕事帰りの人たちがワイワイ集まるような店が一番美味しいし大好きなの」という、飾らない新谷さんらしいチョイスです。 店に入るなり、さすがは街の有名人。「あら、りえこさん!」「こっちで一杯どう?」と、他のお客さんたちから次々と親しげに声をかけられていました。
新谷さんは現在、商店街の他のお店とコラボして新しいお芋のメニューを開発したり、地域の伝統的なお祭りにも積極的に参加したり、今年はさらに商工会議所青年部(YEG)の重要な役職まで務めているそうです。 6次産業化プランナーとして全国から呼ばれればどこへでも飛び、講演をこなす一方で、自分が暮らす足元のローカルな行事や横のつながりを何よりも大切にし、泥臭く地域に貢献しているのです。 一緒に席を囲んだ私の友人も、かつて新谷さんの6次化の熱い講演を聴いて人生が変わり、彼女への憧れを胸に、今では地元を代表する農業女子として大活躍しています。お酒が進むにつれて、それぞれの農業への夢や、新谷さんが4月に五島へ来てくれた時の思い出話に花が咲き、3人の宴は大盛り上がりのまま夜が更けていきました。
中越地震の記憶と、新聞コラムから溢れ出る「小千谷愛」
居酒屋を後にし、新谷さんの息子さんが運転する車に揺られて、今夜の宿泊先である新谷さんのお店「さつまいも農カフェきらら」へと到着しました。 お店は、かつて大家さんが営んでいた老舗の割烹料理屋「小春」の建物をそのまま受け継いでいるため、お座敷の宴会場などもあり、まるで地域の公民館のように広大で立派な佇まいです。今夜は、普段スタッフの方々が使われている快適な休憩スペースに泊まらせていただくことになりました。お店のすぐ横にはシャワーも完備されており、少し離れた場所には全国からやってくるインターンシップの学生たちが長期滞在できる「簡易宿泊所」まで自前で準備しているというから驚きです。
翌日も朝早くから仕事があるため、夜の9時には新谷さんはご自宅へと帰宅されました。 静まり返った広いお店の中で、私は新谷さんが手渡してくれた、これまでの10年間の活動の記録や、テレビや雑誌に掲載された膨大な記事の切り抜きのスクラップブックを開きました。中には、茨城県の広大なさつまいも畑のど真ん中で、ドレスを着て挙げたという新谷さんの前代未聞の「さつまいも結婚式」のウエディング写真もあり、思わず笑みがこぼれてしまいました。
特に胸を打たれたのが、カフェのメニュー開発やレシピ、日々のアイデアが小さな文字でびっしりと書き込まれた、何冊もの使い込まれたノートです。どれほどの試行錯誤と努力を重ねてこのお店を立ち上げ、維持してきたのか、その軌跡が目に見えるようで胸が熱くなりました。 そして、新谷さんが地元の新聞で連載を続け、すでに60回を超えているというレギュラーコラムの原稿を、時間を忘れて無我夢中で読み耽りました。気づけば時計の針は夜中の2時を回っていました。
新谷さんの文章を読んで深く理解したこと。それは、彼女の活動の根底にあるのは、単なる「さつまいもへの愛」だけではなく、それを遥かに凌駕するほどの激烈な「小千谷市への愛(恩返し)」の精神だということです。

新谷さんはもともと東京のご出身で、結婚を機にこの小千谷市へと嫁いできました。右も左も分からない土地で、彼女がこの街に骨を埋めようと心に決めた決定的なきっかけが、2004年にこの地域を襲った最大震度7の「新潟県中越地震(中越大震災)」でした。 当時、新谷さんの手元には、まだ1歳と3歳という、あまりにも小さくて目の離せない2人の子どもがいました。家は激しく傷つき、余震が続く恐怖の中、過酷な避難所生活を余儀なくされたそうです。 絶望と不安で押しつぶされそうになっていた新谷さんを救ったのが、地元の小千谷の人々でした。自らも被災しているにもかかわらず、温かい炊き出しの豚汁を差し出してくれ、「大丈夫だよ」「子どもたちはみんなで見てあげるからね」と、優しく声をかけ続けてくれたのです。
「あの時、絶望のどん底にいた私と子どもたちを救ってくれた小千谷の人たちに、私のこれからの人生をかけて、少しずつでも絶対に恩返しをしていきたい」
その強い想いこそが、現在の新谷さんのすべての活動の原点であり、枯れることのないエネルギーの源泉だったのです。 その恩返しの情熱は今も健在です。中越大震災の復興記念行事として、航空自衛隊の「ブルーインパルス」が小千谷の空を飛ぶことが急きょ決まった際も、小千谷市長から直々に「街を盛り上げてほしい!」と要請を受け、タイトなスケジュールの中で商店街や市民に呼びかけを敢行。当日は街中をブルーインパルス歓迎の青色に染め上げ、大成功へと導きました。
また、地元の小中学校での「食農教育」にもボランティア同然で関わり、子どもたちと一緒に芋植え体験をしたり、出前授業を行ったり、自ら手掛けたさつまいもプリンを学校給食のメニューとして導入する活動を続けてきました。進学や就職で一度は小千谷を離れて都会へ行く若者たちには、小千谷の特産品を詰め合わせた仕送りパックに手書きのメッセージを添えて送り、郷土愛を忘れないための種をまき続けてきたのです。
「給食で私のさつまいもプリンを食べて育った小学生たちが、二十歳(成人)になったお祝いの日に、『梨恵子さん、二十歳になったよ!』って、晴れ着姿でお店に顔を出してくれた時が、これまでの人生で一番嬉しかった。その笑顔を見た瞬間に、あぁ、私はこの場所で、彼らがいつでも帰ってこられる心の港として、このお店を絶対に一生続けていかなければいけないんだって、最高の活力を貰ったの」
コラムに書かれたその温かいエピソードを読んだ時、私は静かな感動で涙が止まらなくなりました。 このカフェの広大な割烹料理屋の跡地が見つかったのも、新谷さんの熱い講演をたまたま聴いていた大家さんが、「この人になら、私の大切な建物の未来を託せる」と確信したからだそうです。新谷さんは大家さんの想いを受け継ぎ、かつて宴会場だった広いお座敷スペースを、地域のママたちのための子育て支援サークルやヨガ教室、おじいちゃんおばあちゃんが集う老人会のカラオケ大会の会場として格安で開放し、まさに市民の「憩いの場・コミュニティの要」として機能させています。 しかも、お店の立地は関越自動車道の小千谷インターチェンジを降りてなんと「3秒」という奇跡のロケーション。東京から車で約3時間で直線アクセスできるため、関東圏の大学から「新谷さんの下で農業や地域創生を学びたい!」と、インターンシップや流行の「おてつたび」を利用して若者たちが次々と押し寄せる、若き人材の梁山泊にもなっています。
第四章:小千谷の名物を巡るミニ観光。錦鯉の里と特産品サンプラザ
翌朝、午前7時には新谷さんは早くもお店に出勤し、ランチの仕込みをスタートさせていました。 仕込みの合間にも、早朝から近所にある野菜の無人販売所へ、採れたての新鮮な野菜を台車で納品しに行くなど、相変わらずパワフルに動き回っています。現在も広大な畑でのさつまいもの苗の植え付け作業が最盛期を迎えており、猫の手も借りたいほどの忙しさです。
私が「宿泊のお礼に、何かランチの仕込みのお手伝いをさせてください!」と申し出たのですが、新谷さんは「何言ってるの!せっかく遠い五島から小千谷に来てくれたんだから、開店の時間まで思い切り街の観光をしてきなさい!」と笑って、なんとご自身の自家用車の鍵を貸してくださいました。 その底抜けた優しさに甘え、お言葉通りランチの時間まで、お借りした車で小千谷市内のプチ観光へ出かけることにしました。
世界の富豪が注目する「錦鯉の里」

まず向かったのは、小千谷市が世界に誇るもう一つの大特産品である鑑賞用の「錦鯉(にしんごい)」の歴史を学べる施設、「錦鯉の里」です。実は、小千谷市は錦鯉の養殖発祥の地であり、世界中の大富豪や海外のバイヤーたちが、1匹数百万円、時には数千万円もする美しい鯉を買い付けるために日々この街を訪れます。 施設内の巨大な屋内プールを覗くと、紅白、大正三色、昭和三色など、色鮮やかで息を呑むほど美しい模様を持った、丸々と太った巨大な錦鯉たちが、優雅に水を回遊していました。その圧倒的な大きさと芸術的な美しさは、五島の豊かな海の魚たちとはまた違う「人の手と自然が創り出した生きた宝石」のようで、大興奮のひとときを過ごしました。
特産品市場で見つけた、新谷さんの「お芋のお菓子」

続いて、駐車場のすぐ真向かいにある、小千谷のお土産や特産品が全種類網羅されている大型物産館「サンプラザ」へ移動し、家族や会社の同僚へのお土産選びを楽しみました。

伝統のへぎそばや銘酒が並ぶ館内の特設コーナーへ向かうと、お店に入ってすぐの一等地、一番目立つ特設棚に、なんと新谷さんの会社が製造・プロデュースしたさつまいものお菓子がズラリと美しく並べられて販売されているのを発見しました! 伝統あるお米や蕎麦の街において、新谷さんが情熱を注いで育ててきた「さつまいも」が、今や小千谷市を代表する新しい看板特産品として、地域にしっかりと根付いている様子を目の当たりにし、自分のことのように胸が熱くなり、誇らしい気持ちでいっぱいになりました。
第五章:「さつまいも農カフェきらら」で味わう、驚きの日替わりランチ&絶品スイーツ

観光を終えてお店に戻ると、長岡から車で駆けつけてくれた友人と再び合流。いよいよ、待ちに待った「さつまいも農カフェきらら」でのランチ実食の時間です。 昨夜は閉店後の暗い時間帯にまっすぐ奥の部屋へ入ったため、明るい太陽の光が差し込むお店の全貌を見るのは、この開店のタイミングが初めてでした。

午前11時の開店のブザーが鳴ると同時に、待ってましたとばかりに一気に3組の家族連れやカップルのお客様が次々と来店。厨房の中の新谷さんは、昨夜のプライベートの朗らかな笑顔から一転、プロフェッショナルな「お店のオーナーシェフ」としての鋭くも温かい接客モードに切り替わっていました。

店内の広々とした小上がりのお座敷には、4人がけの立派な木製テーブルが複数並んでいるのですが、よく見るとそれぞれの席に「安納芋」「紅はるか」「シルクスイート」といった、さつまいもの品種名が書かれた可愛らしい看板(席名)が付けられていたのです!これにはお芋マニアならずともニヤリとさせられます。 五島列島に住む私ですから、座る席はもちろん迷うことなく「安納芋」と書かれた特等席をチョイスしました。
さつまいもは調理次第で完璧なおかずになる!驚きの日替わりランチ
メニュー表を開くと、お芋を使ったお食事メニューから、魅惑的なお芋スイーツ、ドリンクの組み合わせまで、あまりにも種類が豊富でどれも美味しそうで目移りしてしまいます。 今回は、以前農業専門誌の『現代農業』の特集ページに掲載されているのを見て、「絶対にこれを食べる!」と心に決めていた、新谷さん特製の「日替わりランチセット」を注文しました。このセットは、ボリューム満点のお食事に、お好みの本格お芋スイーツとドリンクをそれぞれ1種類ずつ選んでセットにできるという、お腹も心も完全に満たされる夢のようなプランです。

運ばれてきた日替わりランチのトレイを見て、その美しさと品数の多さに歓声を上げてしまいました。 大きなお盆の上には、新谷さんとお義母さんが家庭菜園や畑で大切に育てた新鮮な夏野菜と、様々な品種のさつまいもをふんだんに使った「9種類の手作りおかず」が、小さなお皿に美しく並べられていました。これにカリフラワーのみずみずしいサラダ、お出汁の効いたお味噌汁、そしてふっくらと炊き上がった雑穀入りご飯がつく、極めて健康的な理想の和食です。
驚くべきは、すべてのおかずのなかに、隠し味や主役として「さりげなく、しかし完璧なアプローチでさつまいもが組み込まれている」という点です。 特に感動したのが、新谷さんのアイデアが光る名物メニュー「芋ビフライ(いもびふらい)」です。これは、小さくカットしたさつまいもを本物のエビフライに見立て、衣のパン粉をしっかりとつけてサクサクに揚げたもの。上から特製のタルタルソースがたっぷりとかかっています。サクッと一口かじると、中からホクホクとしたお芋の優しい甘みが広がり、タルタルソースの酸味とコクが絶妙にマッチして、頭の中で「お芋って、こんな風に完璧なおかずの主役になれるんだ!」と、これまでの焼き芋の概念を覆される新鮮な衝撃を受けました。 その他にも、お芋の甘みを活かしたなめらかな「さつまいものポテトサラダ」や、極細の千切りにしたさつまいものシャキシャキとした食感を活かした爽やかな和え物など、調理法によってさつまいもの「食感」と「味わい」が七変化する楽しさを、一皿の中で存分に堪能することができました。
温と冷の奇跡の融合!「芋ポンソフト」と3種の焼き芋食べ比べ

食後のデザートには、新谷さんが『マツコの知らない世界』に出演した際にも大絶賛された名物スイーツ「芋ポンソフト」と、優しい味わいの「さつまいもラテ」をチョイスしました。(友人は、新谷さん秘伝の「さつまいもプリン」をチョイス)。

芋ポンソフトは、じっくりと焼き上げて蜜が溢れ出た熱々の焼き芋の上に、非常に希少で濃厚なコクを持つ「ガンジー牛」の搾りたてミルクで作られた極上のソフトクリームを、これでもかと贅沢に乗せた一品です。 スプーンですくい、熱々ねっとりとした焼き芋と、冷たくて滑らかなアイスクリームを一緒に口の中へ放り込みます。温かさと冷たさという2つの異なる温度、そして焼き芋の濃厚なコクとガンジーミルクのピュアな甘みが口の中でジュワッと完璧に融合し、五感がとろけるような至福の美味しさでした。このお芋の品種はその日によって好きなものを選ぶことができ、なんと冷凍パッケージとして全国へお取り寄せ通販も可能だそうです。全国のお芋ファンに強くおすすめしたい至高のスイーツです。

さらに、食事を終えて余韻に浸っていると、新谷さんが「五島から来てくれたお祝いに、これ食べてみて!」と、厨房から特別な「3種類の焼き芋食べ比べセット」をサービスで席まで持ってきてくださいました。 小さくひと口サイズにカットされたお芋の品種は、鮮やかな紫色が美しい「福紫(ふくむらさき)」、小千谷市出身の著名なタレント・優羽(ゆうは)さんの名前から命名されたという地元ゆかりの「紅優羽(べにゆうは)」、そしてこのお店の名前の由来にもなっている「紅きらら(べにきらら)」の3種類です。
新谷さんは自らの畑で、とにかく膨大な数の珍しい品種のお芋を実験的に生産したり全国から仕入れたりしており、こうして一口サイズにカットして色々な味を楽しめる食べ比べセットとして販売しています。 新谷さんがお芋の解説をしてくれる時、すべてのお芋に対して「紅きららさん」「安納芋さん」と、我が子を呼ぶように自然と『さん付け』で呼んでいる姿がとてもチャーミングで、あぁ、この人は本当に心の底からお芋を愛し、お芋と共に生きているのだなと微笑ましくなりました。 (余談ですが、かつて2人の息子さんが生まれた際、お芋の品種の名前をそのまま子どもの本名に付けようとして、さすがに家族全員から猛反対されて断念したという、爆笑の裏話も教えてくれました笑)。
ランチを終えた後は、お会計の前に、インスタグラムで毎日のように眺めていた可愛らしいお芋モチーフの文房具や雑貨、さつまいものお菓子が並ぶショップコーナーでショッピングを堪能。店内の棚の片隅に、4月に新谷さんが五島に来た際にお渡しした「五島のお土産」が大切に、さりげなく飾られているのを発見し、胸がじーんと熱くなりました。大満足でお芋グッズを購入し、私の小千谷ミッションはすべて完璧にクリアされました。
さつまいもが結ぶ、長崎・五島と新潟・小千谷の未来のトビラ

土曜日のランチタイムという、一週間で最もお店が混雑する超繁忙期の時間帯だったため、食事の後は新谷さんとゆっくりお話しする時間は流石にありませんでしたが、「梨恵子さん、本当にありがとうございました!最高に美味しかったです!」と精いっぱいの感謝とお礼を伝え、笑顔で活気あふれる「さつまいも農カフェきらら」を後にしました。
今回の1泊2日の新潟・小千谷への旅を通じて、私が確信したこと。 それは、新谷梨恵子さんのあの枯れることのないパワフルな活動の原動力は、中越地震の苦難をともに乗り越えた「小千谷の人々への深い感謝と恩返しへの情熱」、そして我が子のように慈しむ「さつまいもへの純粋無垢な愛」という、2つの熱い想いがガッチリと歯車のように噛み合うことで生み出されている、ということです。その姿は、一人の人間として、そして同じように地域に関わる仕事をする者として、心の底から尊敬の念を抱かざるを得ない素晴らしいものでした。
長崎県の離島である五島列島と、新潟県の豪雪地帯である小千谷市。 気候も風土も、生きる環境も全く異なる2つの土地ですが、「美味しいさつまいもを通じて、目の前の人を笑顔にしたい、地域を元気にしたい」という共通の強い想いがあれば、海をも越えてこれほどまでに深く、温かい人間の絆で繋がることができるのだと、身をもって知る旅となりました。
新谷さんと直接お会いしたのは、人生の中でまだたったの2回目。五島に来てくれた時にようやくLINEを交換したばかりの距離感でしたが、年齢が近いこともあり、夜の小千谷の居酒屋や広いお店の休憩室で、子育ての悩みやプライベートの将来の夢まで、驚くほどディープに語り合うことができ、心の距離がグッと縮まりました。五島の大自然と、小千谷が誇るさつまいもの不思議な引き寄せのパワーには、ただただ脱帽するしかありません。
お芋でつながったこの素晴らしいご縁のトビラは、これからも閉じることなく、未来へとどこまでも続いていくことでしょう。私はこれからも、五島の地から、新潟で輝く新谷さんの活動を全力で応援し続けていきます。 新谷さん、ご自身の連載新聞コラムに、先日の五島旅行の思い出をとても美しく素敵に書いてくださり、本当にありがとうございました!そして、さつまいも農カフェきららの公式YouTubeチャンネルで現在制作中だという「五島旅行編」の動画の配信も、スタッフ一同、今から楽しみに待っています!
次に新谷さんのあの最高の笑顔とお芋たちに会える日を夢見て、私も五島での日々の仕事に、より一層の情熱を注いで励んでいきたいと思います。願イモ叶う、最高の新潟旅をありがとうございました!








