五島列島の台風対策とリアルな暮らし。シーズン中に離島民が実践する食料備蓄と家屋を守る知恵

五島列島の美しい夏と、避けては通れない「台風の脅威」

コバルトブルーに輝く海と、吸い込まれそうな青空が広がる長崎県・五島列島。夏休みの時期ともなれば、日本屈指の美しさを誇る海水浴場や世界遺産の教会群をひと目見ようと、全国から多くの観光客が訪れ、島内は一年で最も活気に満ち溢れます。

しかし、そんな素晴らしい夏の輝きと表裏一体、この地域で暮らす上で絶対に避けては通れない、そして決して侮ってはならない大自然の試練があります。

それが「台風」です。

本土から東シナ海を隔てた離島である五島列島(福江島)では、大型の台風が接近・上陸すると、都市部とは決定的に異なる独自のインフラ制限や深刻な生活への影響が浮き彫りになります。激しい暴風雨による家屋や農作物の被害はもちろんのこと、何よりも島民を悩ませるのが、海が荒れることによる「物流の完全なストップ(船の欠航)」です。

台風が近づくと、スーパーやコンビニの棚から一瞬で食料品が消え去り、通過した後も数日間にわたって物資が届かないという厳しい現実が待っています。そのため、島暮らしにおける台風対策は、本土の感覚とは比較にならないほどの徹底した準備と、長年培われてきた独自のサバイバルな知恵が必要とされるのです。

今回は、五島列島の台風シーズンを安全に生き抜くために、島の人々が日常的に行っている具体的な防風対策や食料備蓄のリアルな実態、そして農業などの現場で実践されている「仕事を前倒しする教訓」について、実体験を交えながら詳細に解説していきます。

五島列島における台風の時期とシーズン:なぜ8月・9月は最大級の警戒が必要なのか?

日本をとりまく気象の特性上、一年の中で8月と9月はまさに「五島列島 台風シーズン」の最盛期にあたります。

太平洋高気圧の勢力や偏西風の流れによって、この五島列島 台風時期に発生する台風は、沖縄周辺を通過した後に東シナ海を北上し、五島列島をかすめる、あるいは直撃するルートをたどることが非常に多いのです。 南の暖かい海面でエネルギーをたっぷりと蓄えたまま北上してくるため、五島に接近する時点でも勢力が衰えず、「非常に強い」「大型で猛烈な」勢力を維持したまま襲来するケースが多々あります。

知っておきたい豆知識:台風の名前はどうやって決まる?

夏休みの終盤、日本列島や五島列島に大きな緊張感をもたらした大型の台風10号。日本では通常、気象庁の発令に沿って「台風〇〇号」という番号で報道されることが一般的ですが、実はすべての台風には国際的な「名前」が付けられているのをご存知でしょうか。

これらの名前は、アジア太平洋地域の14か国(および領域)が加盟する「台風委員会」によって、相互理解の促進や防災意識を高める目的で組織的に決定されています。あらかじめ各国から提案された計140個の名前がリスト化されており、台風が発生した順番に割り振られていく仕組みです。

例えば、リストの第1号はカンボジアが提案した「象」を意味する「ダムレイ」。日本からも「コト」「クジラ」「コップ」といった、実在する星座名に由来する10個の名前を提案しています。 あの猛烈な強さを見せた台風10号の名前は、香港が提案した女の子の名前「サンサン(Shanshan/珊珊)」でした。ちなみに、その次に発生する台風11号の名前は、日本が提案した「ヤギ(山羊座に由来)」となっています。一見すると可愛らしい、あるいは意外な名前が付いていますが、自然のもたらす威力は牙を剥くと恐ろしいものがあります。

農業現場のリアル:台風接近で一変する「前倒し」のサバイバル

台風の発生が報じられ、その進路予想図に五島列島が入り始めると、島内のあらゆる生業の現場は一気に緊張感に包まれます。特に、大自然とダイレクトに向き合う農業の世界では、台風への初動の早さがその年の命運を大きく左右します。

五島市(福江島)に本社を置き、有機さつまいも(安納芋など)の栽培から加工・販売までを手掛ける株式会社アグリ・コーポレーションでも、台風の接近予測を受けて、今シーズンのさつまいもの収穫開始日を当初の予定よりも数日早め、8月27日へと前倒しする緊急の段取りを組みました。

1週間、畑に入れなくなる恐怖

五島の台風事情-さつまいも畑の様子

なぜ、それほどまでに収穫を急がなければならないのでしょうか。 台風が直撃、あるいは接近すると、猛烈な大雨と大暴風によって畑が冠水したり、土壌が大量の雨水を吸ってドロドロの泥濘(ぬかるみ)と化してしまいます。そうなると、大型の農業機械やトラクターを畑に入れることができなくなるばかりか、人の足ですら作業がままならなくなり、台風が通過した後も含めて最長で一週間ほど、畑でのすべての作業が完全にストップしてしまうからです。

土の中で丸々と育った大切な安納芋が、過剰な水分によって傷んでしまったり、暴風で茎や葉がズタズタに引き裂かれてしまえば、これまでの苦労がすべて水の泡になりかねません。そのため、スタッフが一丸となって急ピッチで収穫の段取りを整え、文字通り時間との戦いの中で2日間にわたる猛烈な収穫作業を敢行し、なんとかお芋を安全な貯蔵庫へ確保した後に、台風を迎え撃つこととなりました。

移住者が直面する「土日感覚」の罠

このように、仕事を徹底的に「前倒し」で進める精神は、地方で農業や自然に関わる仕事をする上で絶対に欠かせない必須の教訓です。

私が五島市(福江島)に移住してきたばかりの頃は、長年の都会でのサラリーマン生活の習慣が染み付いており、「今週中にやればいいや」「土日になったらまとめて片付けよう」という、平日の時間軸で物事を考えてしまいがちでした。しかし、自然は人間のカレンダー(曜日)など一切考慮してくれません。

「天気が崩れる前に、今すぐ動く」「台風が過ぎた後にやればいい、という甘い精神は通用しない」

この鉄則を無視した結果、最初の頃は急な悪天候で農作物を台無しにしてしまったり、資材を飛ばされたりと、手痛い失敗を何度も経験しました。台風という脅威は、人間に自然への畏敬の念と、生き抜くための瞬発力を教えてくれる厳しい教師でもあるのです。

五島民の知恵①:台風前の小売店で見られる「お盆・年末並み」の異常な大混雑

五島の台風事情-ドラッグストア

業種に関係なく、島で暮らすあらゆる人々(五島人)の台風対策の凄まじさが、最も視覚的に、そして顕著に現れる場所があります。 それが、島内のスーパーマーケット、コンビニ、そしてドラッグストアの「食料品売り場」です。

台風が最接近する前日ともなると、島内の小売店の駐車場はどこも満車状態になり、通常ではありえないほどの大混雑を極めます。その光景は、島が一年で最も帰省客で溢れ返る「お盆」や「年末年始」の最盛期を彷彿とさせるほどの熱気です。誰もが真剣な表情で、ショッピングカートの中に大量の物資を詰め込んでいきます。

なぜ「パン売り場」が最初にお昼で空になるのか?

五島の台風事情-パンの棚は完売

食料品売り場の中で、真っ先に品切れを起こす絶対の定番商品があります。それが「パン(食パンや菓子パン)」です。
台風が接近する前日の、それもお昼過ぎの段階で、パン売り場の棚は綺麗さっぱりと空っぽ(完売)になります。

五島の台風事情-お弁当の棚は完売

続いて売り切れるのが、お惣菜やお弁当のコーナーです。 なぜこれほどまでにパンやお弁当が買い占められるかというと、台風による「停電のリスク」が非常に高いからです。 離島の台風は風が強烈なため、電柱が倒れたり電線が切れたりして、島内の一部、あるいは全域が長時間の停電に見舞われることが珍しくありません。冷蔵庫が止まり、電子レンジや炊飯器、ガスコンロ(IH調理器)が一切使えなくなった極限状態において、「火も電気も使わず、袋を開けるだけでそのまま食べられるパン」は、最強の非常食となるのです。特にお弁当よりも賞味期限が少し長めに作られている菓子パンなどは、災害時の圧倒的な強い味方となります。

五島の台風事情-青果物は完売

ありとあらゆる生活必需品や即席麺、レトルト食品が完売・品切れになっていく光景は、本土の都市部ではなかなか体験できない、離島ならではの台風前のリアルな緊張感です。

情報収集のプロが信頼する「2つの天気予報」

五島の人々は、テレビの地上波ニュースの気象情報はもちろんチェックしますが、島で長年台風と対峙してきたベテランの島民や、気象に命を預ける漁師・農家などの「よく分かっているプロ」は、一般的な天気予報アプリをあまり過信しません。

彼らが命綱として進路や勢力を確認するために血眼になって見つめるウェブサイトが、気象庁の「デジタル台風」、そしてアメリカ海軍が発信している国際的な台風情報「米軍(JTWC)」の進路予想図です。特に米軍(JTWC)のデータは、数日先の進路や風速の予測精度が極めて高く、数時間ごとの微細なルートのズレまで可視化されるため、「今回の台風は五島の西側を通る(風が強くなる危険なルート)か、それとも東側へ逸れるか」という極めて重要な判断を下す際、最も正確で信頼できる情報源として島内で広く活用されています。

五島民の知恵②:家屋や資材を守る徹底的な防風・防水対策

五島の台風事情-窓ガラスに木板

五島列島の古い集落を車で走っていると、住宅の窓ガラスの外側に、分厚い木板が何枚も釘やネジで直接張り付けられている独特な光景を目にすることがあります。これは一見すると廃屋のようにも見えますが、立派な現役の「暴風雨対策(雨戸・防風板)」です。

近年の近代的な住宅であればアルミサッシや強化ガラスが普及していますが、古い木造建築の多い島では、東シナ海の暴風が窓ガラスに直接吹き付けると、風圧でガラスが激しくしなり、最悪の場合はパリンと粉々に割れてしまいます。見た目は不格好であっても、この木板が窓を遮っているかいないかで、室内で感じる安心感や窓ガラスの揺れ方は全く違います。

また、農家や漁師たちの間では、外に置かれたコンテナが風で飛ばされないように巨大なブロックの重しを乗せたり、プレハブ小屋や倉庫の屋根を頑丈な太いロープで地面のアンカー(固定具)にガチガチに縛り付けたりする作業が、台風前の義務的なルーティンとなっています。

過去の甚大な被害から学ぶ、離島台風の恐ろしさ

五島の台風事情-飛ばされた洗濯機

これほどまでに徹底した対策を行うのは、過去に島全体が何度も台風による甚大な被害を経験し、痛い目を見てきたからです。

過去にアグリ・コーポレーションでも、台風の猛烈な突風によって、屋外に設置してあった洗濯機や、鉄製の頑丈な郵便ポストが文字通り「木葉のように空中へ飛んでいって消失する」という、信じられないような被害に遭ったことがあります。 さらに、頑丈なはずの鉄製倉庫のシャッターが、風圧でバキバキに内側へへこんで壊れてしまったり、建物のほんの数ミリのわずかな隙間から、強烈な横殴りの雨水が大量にピストルのように室内に侵入し、保管していた大切な商品や資材が水浸しになってしまうなど、自然の驚異を前に何度も涙を呑んできました。

「これくらいで大丈夫だろう」という慢心が、離島においては命取りになります。だからこそ、島の人々は台風の気配を感じると、まるで戦いに挑むかのように、徹底的に守りを固めるのです。

本土と五島列島で決定的に違う「食料備蓄」の現実:翌日まで続く船の欠航

今回の台風10号(サンサン)の接近時も、前日である28日の夕方頃から、徐々にゴォーッという不気味な地鳴りのような風の音が強くなってきました。 当日、暴風波浪警報が発令される中、夜中に窓ガラスがガタガタと激しく揺れ始め、横殴りの激しい雨風が家を叩きつけました。翌朝、天気予報アプリで進路を確認すると、幸いにも台風の中心が当初の予想よりも少し東側の熊本や大分方向へと逸れたため、五島市内(福江島)では風速15m、降水量6mm程度に留まり、甚大な家屋被害や停電を免れることができました。

しかし、被害が少なかったからといって、すぐに日常の生活に戻れるわけではないのが、五島列島の過酷な現実です。

スーパーつばき屋のリアルと、壊滅状態のコンビニ

今回の台風10号は、前日の28日夕方から風が強くなってきました。こんな天候にもかかわらず、取引先との会食があり夜に出かけることになりましたが、解散の21時ごろには少し台風を感じる風の強さで、「明日には来るのだろう」と気配を感じました。夜中から窓ガラスが揺れ始め、雨風が強くなってきました。朝方、天気予報アプリで進路と風速を確認すると、風速15m、降水量6mmで、進路が少し東側に逸れたことにより大きな被害はなさそうでした。とはいえ、暴風波浪警報が出されているため、外出は控えた方がよいでしょう。テレビ中継を見ると、湯布院や熊本では甚大な被害が出ているようです。

五島の台風事情-つばき屋

台風が通過した当日の8月29日の13時頃、私は買い出しのために五島市三井楽町にある地元のスーパー「つばき屋」へと向かいました。
外はまだ激しい強風が吹き荒れており、一見すると臨時閉店しているかのように静まり返って見えましたが、中に入るとありがたいことに営業を続けてくれていました。

五島の台風事情-パンの棚

五島の台風事情-弁当売り場

しかし、一歩店内の売り場に足を踏み入れて、言葉を失いました。
前日からの買い溜めの影響で、パン、お弁当、お惣菜、そして毎日の食卓に欠かせない鮮魚のコーナーは「100%完全に完売」しており、お肉や日配品の棚もスカスカの品薄状態。近くにあるもう一軒のスーパー「バリュー」にいたっては、台風による安全確保のため、終日臨時閉店となっていました。さらに、島内のコンビニエンスストアにいたっては、物資が全く届かないため、棚に何も並んでいない「壊滅状態」に陥っていました。

台風が去った「翌日」こそが一番物資が足りない

五島の台風事情-台風の為、閉店

ここに、五島列島(福江島)が本土(本島)と決定的に異なる最大の構造的な違いがあります。

本土であれば、台風が通過して風が収まり、警報が解除されれば、数時間後には物流トラックが走り出し、スーパーに新鮮な食料品が再び並び始めます。 しかし、五島列島はすべての物資を長崎港や博多港からの「船(貨物フェリー)」に依存しています。台風が通過した後であっても、海の上は「波浪警報」や「うねり」が何日も残り続けるため、台風の前日、当日、そして「台風が通過した翌日」にいたるまで、丸3日以上にわたって船が全便欠航することが日常茶飯事なのです。

つまり、台風が過ぎ去って青空が広がった「翌日」こそが、島内のスーパーから最も食材が消え失せる、飢餓感の強いタイミングになります。 ですから、五島で台風に備える際は、「1日分(当日分)の食料」を買い込むだけでは全くお話になりません。物流が再開し、船が港に入港してスーパーの棚にお肉や野菜が並ぶまでの期間を計算し、最低でも「3日分〜4日分以上」の食料と水分を、前々から計画的に買い揃えておくことが絶対の鉄則となるのです。

まとめ:五島列島の美しい四季と共に生きるために、正しい対策と知恵を

五島列島の美しい四季と共に生きるために、正しい対策と知恵を

いかがでしたでしょうか。 8月から9月にかけての本格的な台風シーズンを迎える五島列島(福江島)。そこで暮らす人々が、どれほど真剣に、そして徹底的に台風と向き合っているのか、そのリアルな実態がお分かりいただけたと思います。

  • 五島列島 台風の現実: 直撃を免れても、海の荒れによって船が数日間欠航し、物流が完全にストップする。
  • 島民の知恵: 前日の昼にはパンや弁当が消えるため、最低でも3日分以上の食料を前もって備蓄する。情報収集には「米軍(JTWC)」や「デジタル台風」を駆使する。
  • 産業の教訓: 農業の現場では、畑に入れなくなるリスクを考慮し、すべての収穫や防風の作業を「前倒し」で完結させる。

最初にニュースの報道で「大型台風接近、食料品の買い溜めを」という言葉を聞いた時は、どこか他人事のように捉えてしまう瞬間もありますが、離島においてその対策を怠ることは、自分や家族の生活を直接的な危機にさらすことを意味します。本土では体験できないような「不便さ」や「物資の途絶」が、ここ五島には確かに存在します。

しかし、この厳しい台風シーズンを乗り越えるための知恵を身につけ、前倒しで行動する習慣を掴むことこそが、本当の意味での「島民」になるということであり、大自然の恵みと厳しさの両方を受け入れて、豊かに生きていくための唯一の方法なのです。

これからもやってくる臨戦態勢の台風シーズンに向けて、私たちは過去の被害の教訓を決して忘れず、早め早めの徹底した対策を行い、美しい五島列島の四季と共に、逞しく生き抜いていきましょう!